喜屋武ちあきの新井素子風自己紹介が巻き起こした波紋(中編)

2013年4月28日に開催された「ニコニコ超会議2」の併催イベント「日本SF大会"超"体験版」の企画「きゃんちさん(喜屋武ちあき)の新井素子風自己紹介が巻き起こした波紋……」を文字起こししました。

http://www.sf50.jp/niconico/kikaku1/sc_c.html

 

えっと、そろそろ中編が始まります。

 

喜「いやあ、ちっち、ちっち観客で今日は見てます。あの、妹も素ちゃん大好きで一緒にずっと読んで、妹です。あ、写さないで下さい、大丈夫ですよ、もう。一般人なんであいつは。はい、すみません。とにかく一緒に素ちゃんの話をしていて、仲間です。おたく仲間です。すみません本当、違うんですよ。今日はこんな私のプライベートな会じゃないんですよ。すみません本当、違うんです。ああ、もう本当にすみません。あの、本の話しましょう。素ちゃんの話、聞きたいです。多分、素ちゃんも小さい頃から本とか近くにあって当たり前のように作品を書くというのが、何て言うのかな、書こうって書いた訳じゃなくて、気付いたら書いてたみたいな感じだったんじゃないですか、やっぱり本とか文章というか。最初は妄想から始まったのかもしれないですけど」

素「あの、ほんと他にねえ、する事がなかったんです(笑)。未だに私、朝起きるととにかく何か活字を読まないと起きた気になれないっていうか。ずーっと起きてから寝るまでの間、家事する間とか食事する間とか生命維持に必要な事してる間以外は基本的に本読んでるんですけど、という生活を結構ずっとやってて。で、その内に読んでるものが溜まると何か出したくなるじゃん。食べてるばっかりだとお腹いっぱいみたいな感じで」

喜「インプットが七割くらいでアウトプットがあってって事なんですかね」

素「結局、今もそんな感じで起きて寝るまでの間に基本的に家事やって本読んで、寝る前にちょっと小説書いてみたいな。普通ね、作家ってプロになるとあんまり本読めなくなるんですよ。仕事忙しいから。でも私、仕事が忙しくって本が読めなくなるくらいなら本読んでる方が良いので(笑)」

喜「うーん、分かります。自分は大人になって仕事をしている中で、活字を読む機会は学生時代に比べたら減っちゃって……」

素「だから作家になって何が良いって、とにかく半ば無理矢理これは私の仕事だって言い切っちゃえる事なんですよね。本を読む事が。一番ベストなのは書評の連載やってる頃! 何読んだって仕事だもん!」

喜「おお、確かに!」

素「私は仕事の為にこの人の本を読んでいる!」

喜「そういう事が言えるんですよね、書評をやっていると」

素「うん。書評の仕事と、あとあれですよね、人の解説を引き受けたら、その人の本は全部読んで良いんだよ。仕事だから(笑)」

喜「最近何か面白かったご本とか、今読んでらっしゃる小説って何ですか?」

素「うん……(苦笑)。ただごとじゃないのを読んでるんで……」

喜「なになになになにー!?」

素「だって、そういう生活っていうのは年に三、四百冊は読むよね。一日一冊だとしても。最近、ここのとこずっとお気に入りっていうか、私がとっても楽しみに待ってるのは、うんとね、小川一水さんの『天冥の標』」

喜「はいはいはい。おお、拍手が」

素「おお、拍手来てる。あれ良いよね。早く続き出ないかな」

喜「私まだ読んだ事がないんですけど、どんなお話なんですか?」

素「面白いよ。ええと、あの話ってね、ちょっと説明すると構想が面倒臭くて凄いネタバレになっちゃいそうだから、読んで下さい。面白い」

喜「分かりました。読みます。素ちゃんの言う事は絶対だから、私にとって(笑)」

川「じゃあ、ここで色々と洗脳しときましょう。ねえ、きゃんちってあんまりSFのコアな部分は、あまり読まない?」

喜「ハインラインとかは読んだ事あるレベル。『夏への扉』とか。そういう当たり前のものとかは読んだり、あとファンの方でもSF好きな方とかいて小説くれたりとかして。いまいち海外の小説は読んだ事ない。筒井康隆さんとか小松左京さんとか、栗本薫さんとか久美沙織さんとかも好きですし、でもあまり純SF? はあまり読んだ事がないかも」

川「多分それって俺ら世代の教養って感じで、お父さんお母さんが好きだったものを本棚からどんどん引っ張ってきたからそうなってるんだよね」

喜「そうですそうです」

川「でも、ここ十年二十年、日本のSFもすっごい充実したのがいっぱい出てるし」

喜「はい、また改めて知ってみたいです」

川「素子さんからリスト貰うといいよ。これ読めって。渡していいですから」

素「ははは。いや、そうですね。この十年っていうと逆に難しいよね。基本じゃない、段々と発展しちゃってるっていうか、何を薦めるのが良いんだろう?」

喜「凄く今思ったんですけど、私の周りにはSF好きな仲間がいなかったんですけど、今日ここに来て裏でスタッフさんとお話させて頂いてたら、それこそ素ちゃんとか、それが大前提じゃないですか。知ってる事が。その環境が自分にとっては嬉しいというか。今日は本当に幸せだなあ、ってずっと思っていて」

川「僕なんかが言うのも口幅ったいけど、SFってコミュニティの感じが凄くあるジャンルで、僕が高校生で読者だった時に新井素子さんを直接知っていたっていうのも、なんか凄く作者と読者の距離が近いんだね」

喜「当時はどうやって知り合ってたんですか?」

川「ファンクラブ」

素「ファンクラブがあって」

川「公認じゃないんですよね。最初、非公認ファンクラブっていうのを、新井素子ファンクラブっていうのを始めた人達がいて、後にそれは非公認が取れるんだけど、公認ではないという」

素「ていうかね、あの、あん時ファンクラブがいくつかあったんだよね。で、どれか一つ公認っていうのも申し訳ない気がしたから全部あれになったんだけど。で、ファンクラブが出来てなんだかよく分かんないけど、当時ファンクラブの子って作者を遊びに誘うんですよ。ファンクラブってそういうもんだっけ?(笑)」

喜「いや、最近のでは考えられないですね」

素「でも私はね、外に、こんな事やるから一緒に遊びに行こう、くらいで良かったんだけど、吾妻さんとかファンクラブの人が家に入り浸ってなかったか? あれはあれで問題発生するんじゃないか?」

喜「吾妻ひでおさん……。そういえば私、二年くらい前の明治大学の吾妻さんとのトークショー見に行きました。でも、その時はまだお会いするのは違うって思って帰っちゃったんですよ」

川「なんかそれで、仕事で会えるまでは封印って決意したとか言ってなかったっけ?」

喜「そうです。自分の仕事をやっていく中で素ちゃんにお会いするっていうのは夢の一つだから、そんな簡単に叶えるんじゃなくて、自分がいつか、今日みたいなきっかけで、巡って……。今、私、十年目なんですよ。この仕事を始めて。そういうタイミングの巡り合わせを待とうと思っていたので」

川「申し訳ないけど当時のSFって凄くその辺が緩くて『新井さんディズニーランド行きませんか?』っていうので一緒にディズニーランド行ったっていう……」

素「行ったよ!(笑)」

喜「えー! それは川端さん、ファンとして?」

素「うん、ファンクラブで『宇宙魚』ってやってくれてた人がいて、団体でまとめてみんなでディズニーランド行こうって言ってくれたんですよ」

川「昨日ね、自分で何か書いたよなあ、と思って検索してたら『新井素子FC 宇宙魚 会報 第二号 1981年12月24日』っていうのに『一目あなたに作品評 川端裕人』って書いてあるんですよ。ははは。もう忘れてますよ、何を書いたか」

素「あの時代は別に私だけじゃなくて、SF大会とか行くと普通にSF作家がその辺を歩いてて、普通にファンの人が声掛けて喋って、普通に盛り上がって普通に飲みに行っちゃったりしてますもんねえ」

川「それは今もそんなに変わってないんですよね」

素「今も大体、似たようなもんなんだけど(笑)」

喜「自分にとっては凄い遠い存在だったから、不思議ですね」

素「でもそれ分かる。私もずっと星さんとか平井和正さんとかに憧れて小説書き始めて、この業界に入ってみたら、すぐそこに星さんとか小松さんとか筒井さんとか半村さんとかが普通に歩いてる(笑)」

川「小松さん歩いてるよ、みたいな感じですよね」

素「そう、パーティーとか行くと普通にみんないらして、そのあと普通にみんなで飲みに行こうかとか言ってたから、あの、物凄い距離が近い業界なんですよね、SF」

川「SFってそういう仲間感のある中で発展してきたところもあって、時々どん詰まっちゃうんだけど、時たま、わあっと広まる瞬間もあって。これ僕の感想なんですけど、2000年代以降、非常に日本でも色んな方面で凄い高レベルの作品が出てる。きゃんちはアニメの友達とか多かったの?」

喜「アニメ系が多いですね、今は」

川「やっぱり文字の世界からインスピレーションされてアニメになってくのが一つのパターンとしてあるじゃない? その大本の部分っていうのを作ってきた伝統が日本にもまだしっかりあるから、うん。だから『星へ行く船』アニメ化すると良いねえ」

喜「そうですね、ほんとに。アニメ化して欲しい!」

素「やってくれると嬉しいなあ!」

喜「アニメ化して欲しいよー! ほんとそうですね。あの、色々聞きたい事を書いてきたんだけど……。『星へ行く船』シリーズに限らず、素ちゃん的にこの作品は映像化に向いてるんじゃないかなとか、そう思われる作品ってありますか?」

素「私あんまり絵が見えるタイプじゃないので、今までやってみて思ったんだけど、私の小説って実はラジオドラマにすると一番上手くいってる感じがする。私自身が喋るんで、私、あんまり絵が浮かばないで会話から入ってきちゃうタイプなんで、音だけでやってくれると一番フィットするような気がするんですけど」

喜「確かにそれは喋る言葉の文章の繋がりだったりするので、それをアニメにするとなると凄く難しいかも。素ちゃんの喋り方をどうやってアニメで表現しようっていう。ここは大事なとこですね」

素「絵は難しいんですよね結構。あの、私の小説って変なとこで改行したり変なとこで丸が来たり変なとこで一行空けしてるんですけど、あれ私の気持ちではね、音読する時の音の空き方なんですよ。あの感じで間を取って音読してくれると一番読みやすい筈なんだけど」

喜「それは難しいなあ」

素「句読点をほとんどブレス記号で使ってるから」

川「でもねえ、今の日本の声優さんってめちゃくちゃレベル高いですから、あれ読ませれば凄い解釈してくると思いますよ」

素「いや、あの、この間のプラネタリウムの仕事でちょっと声優さんのお仕事を間近で見てて、本当にみなさん凄い上手いから……。私、普段そんなに映像見る方じゃないんでアニメそんなに拝見してないんだけど、あれ、凄い上手いんだね、きっと、みんな。別の仕事で貴志さんの『新世界より』をずっと通して観たんですけど、あれ新世界の時の子供の女の子と大人になった女性が同じ人なんだね」

喜「そうです、そうです」

素「あれ凄いなあ、と思って」

川「そう、男の子は変わっちゃうんだけどね」

素「男の子は声変わりしちゃいますもんね」

川「あれは凄かったね」

 

喜「素ちゃんは作家という職業に、高校生でデビューされてるんですよね。高二ですよね、確か。今は何年目という事になるんでしょう?」

素「それはですね……」

喜「あまり細かく言うと年齢の問題になっちゃうのでやめましょうか。でも何十年という……」

素「もうね、そう。だいぶ凄い事になってますね」

喜「ですよね」

素「うん」

喜「その中で最初と今って、感覚だったり作品の内容だったりとかも変わってきてると思うんですけど、何から聞こう……。作家をやっていて良かったって思われる時って、どういう時なんですか?」

素「とにかく本を読んでいるだけで生活が出来るってのは大変ありがたい。いや、本を読んでるだけでは生活は出来ないんです。書かないと生活は出来ないんですけど(笑)。本読んだり文章書いたりだけで生活が出来るってのは良いですよね。楽だし。あの、なんか、私、基本的に本読んで、文章書いて、ご飯作って、ご飯食べるのが好きなのね。で、兼業主婦で作家と主婦の兼業っていうと、ほぼこれやってるだけで一日が終わってくれるんですよ。良いでしょ?」

喜「はい」

素「あとやっぱりなんだろう。中学生高校生の時は本買うのが難儀だったんですよ。ハードカバー高いし。高校が駅からバス停四つ分くらいの所にあって、バスの定期買うって言って親から貰ったお金がハードカバー四冊にしかならないというこの悲しい事実とかね。毎日片道二十分歩いて、それをひと月やってハードカバー四冊。で、中学生高校生の間はなるべくハードカバーは買わない。三年待って文庫に落ちるのを祈るっていう生活をしてたんだけど、やっぱ作家になったらね、私はこの為にお金を稼いでるのよっていうか、これは全部必要経費でいいのよって思ったら、思いっ切り出た瞬間にハードカバーが買える」

喜「確かに。ハードカバーって高いっていうのもあるし、あとね、重たいかなって思って……」

素「かさばるっていうのがねえ」

喜「かさばる! 仕事行く時にちょっと鞄に忍ばせて読もうって事が出来ないから、なかなかハードカバーを買う勇気が出ないですね」

素「外に持って歩く人なんかは、だって通勤電車でさ、例えば宮部さんの『ソロモンの偽証』なんて読もうと思ったらちょっと地獄だよね。あと笠井潔さんの分厚いやつとかね。あれ外で読める本じゃないし」

喜「うんうんうんうん、そうですね、確かに。でも三年待って文庫で買うか、その時ハードカバーを買うか。みなさんいつも悩んでいるとこですよね」

素「だからそういう意味でもね、本の家を造って一番嬉しい事は、ハードカバーを買う時に容積的な遠慮をしなくて済む事。とか言ってたらそろそろいっぱいになってんだけどさあ(笑)」

川「はははははは」

喜「そうなんですよね。結局増えてっちゃうから、その増えてった本をどうしようみたいになるんですよね。私は今、妹と二人暮らしだからあんまりおうちに本を置けなくて。実家に置いたりとかしてるんですけど、もう駄目ですね。もう買ったらこれ以上は無理ですねっていう状態にすぐなってしまったりとか」

素「あのね、本の恐ろしい……。あ、でも最近の家屋はそんな事もないと思うんだけど、あれはある程度以上溜まると根太が抜けますから。ていうかその前に本棚って頑丈に作ってる筈なんだけど、普通に奥にハードカバー入れて上にハードカバー寝かせて前に文庫置いて文庫積んで、を全棚でやると、しまいに下の方の本棚が開かなくなるんですよ、重みで垂れてきて。で、本棚がいくつも並んでると床の根太自体が垂れてきますから。私、中学校……。中学じゃないな、高校の時か、な。私の子供の時に親が家を建て替えてくれたんですけど、それまで私の部屋は本棚がある方と本棚がない方で三センチ食い違ってましたから」

喜「えー」

素「鉛筆もビー玉も消しゴムも全部、転がすと同じ所に溜まるんで、あれね、マジで第二の関東大震災があるとか言われてたから、この部屋で寝てる限り寝てる間に地震があったら私は死ぬなって毎日思ってました。あれは怖い。やっぱり。本は好きだけど本で殺されるのは嫌かもしんない」

喜「うーん、嫌だあ。え、川端さんは? 川端さんは? おうちどうでした?」

川「いや、いいよ。二人の掛け合いの方が面白いから」

喜「やあ、もう、助けて下さい」

川「完璧に今、無茶振りだと思ったな。意識がそっちになかった。あの、うちは大丈夫です。僕そんなに本を溜めないんで」

喜「へえ」

素「割と本を始末出来るタイプの方もいるんだよね。出来るタイプですか?」

川「うん、出来ますね」

素「私まだ、ダブってる本を古本屋さんに持ってった以外で本を捨てた事がまだ一回もないんだ」

川「そりゃ増えるわ」

素「増えるわ」

 

中編終了であります。